梅木賢生 名城大学 ワンダーホーゲル同好会

時は昭和三十八年三月
路面電車で今池から大久手を経て山中停留所 杁中停留所 半僧坊前停留所 八事終点とその昔を遡り庶民の交通手段であった。「電車賃二十五円バス賃三十円」半僧坊を降りて坂道を歩き、近くには聖霊女子修道院が眺めるところで学生寮「峰想苑「寮費三千六百円二食付」に住まいを構えておりました。
静かな山間にありました寮から少し歩き電車通りに出て杁中停留所を過ぎ電車沿いを利用し駒方校舎へと通学をいたしました。校舎は木造二階瓦屋根の建屋でした。比較的広い敷地でした。長い校舎で四棟並んでいた記憶でした。

大学本部第一法商学部 短期大学部 食堂や その他の施設があり、その中に先生方の研究室も、今思えば粗末な研究室であった気がいたします。
世相は戦後の物の無い時代で不況の最中でも有り苦労をいたしましたのを思い出します。大学は出たけれど働く場所が少ない時代でもありました。しかしながらそれでも多くの方は貧乏を苦にせずせっせと働き、勤労意欲が旺盛な時でした。

さて、ワンゲルの誕生起原はと思いを起こします。当初はどこからとも無く寄り合いでハイキング同好会ではじまったような気がいたします。人数も数人程度でなかったかと思います。その頃に利用いたしておりました資料が手元に大切に残っておりました。「新撰ハイキングコース東海地方四十二編 アルプス社 定価百三十円」を活用し近郊を散策いたしました。人数も七八人の男女混成で気楽な日帰りハイク、自然散策を楽しんだものです。

やがて私は卒業を控え、就職活動にと動き回りました。

その後三年生の方々が主に会を盛り上げて活動し、いつしかワンダーホーゲル同好会を立ち上げたのが記憶に残っております。その頃にはすでに活動も活発に行い、山歩きへと進化いたしていたような気がいたします。活動部屋もどこにあったかは定かでございませんが階段の踊り場下の脇部屋で皆さんが集まっていたのではないかと思ったりいたします。

やがて同好会では本来の活動が充分でなく体育会の予算も得ることが出来ないので入会運動をしはじめていた時でした。私の同期の方で同じ寮生活をいたしておりました方が体育会に関与していたのでワンゲルの実情を話し入会へと助言をかけていた事が少し記憶に乗っております。

後日に承認されワンダーホーゲル部として正式に活動されてきたことと思います。

卒業時にワンゲル同好会の皆さんから頂いた記念品、寄せ書きを記された「写真帳と携帯用目覚まし時計」が今尚こつこつと動きサラリーマン時には大変便利で利用させていただきました。今も時計は動いております。思い出の品として残っております。振り返れば短い期間のワンゲル活動でしたが、思いで深き学生時代でした。

追記
ワンゲル卒業生の皆さん。お元気ですか。
時代と共に各方面で活躍なされ、家族共々と幸せな日々を送り迎えたことと思います。そこで、思いを今起こして頂、この機会にワンゲル時代を回顧し楽しんでいただければと思います。それぞれの卒業年度の皆さんが集まり楽しんでくだされば会の発展に寄与できます。ぜひ、楽しかった学生時代を思い起こし同期の皆さんと集まり会を盛り上げ活動して下さるようお願いいたします。

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